2010年

8月

11日

コラムVol.1 木村文洋 (映画監督)

祝島を初めて訪れたのは26歳のとき、4年前だった。

一日に3本しか出ないフェリーの最後に間に合い、

夕方に自動販売機もほとんど見当たらない島へ着いた。

7時から始まる…反原発デモというよりは、

女性たちの“寄り合い”に近い—長蛇の列の背後につく。

海辺の民宿で短い夜を過ごしまだ薄い朝もやのなか、こんな風景を観た。

朝イチの船で運ばれてくる朝刊の束を、

村のおバアさんたちが多分当番なのだろう、

手分けして村中に配っているのだ。自給自足。

海の向こうに24年間も続く事業とは別に、朝から笑いがたえなかった。

「原発のことだけで思い出すんじゃなく、この島はいいけえ、また来てや」

女将さんはそう云ってくれた。

 

 『祝の島』は纐纈あやをはじめとする若い女性スタッフを中心に、

島のキメ細やかな日常を無言につづっていく。

「傑作」といった様相や、センセーショナルな構図にその目線は向かない。

それは纐纈たち自身が、映画を撮り終わっても今なお心から片時も離れない

— 祝島の日々の体温のようなものに鼓動を合わせようとしているから、に思えてならない。

現在進行形の、終らない体温。

 

 映画は中盤、夜の“お茶会”を映す。毎夜決まった時間になると、

一人の老人の家に集まる老人たち。何年も続いているというお茶会。

テレビを眺めながらダラダラとコタツを囲み顔を合わせ、ある者は眠り、

ある者は死生観を笑いながらのんきに語る。

そしていつの時間なのだろう、彼らはまた別れる。

無為な時間に思えながら東京や都心のコンクリの一室で、

老人や幼子がミイラとなって何ヶ月も経ったあとに孤独に発見されるいま

 それは、にわかには信じられない時間だ。

 

 原発が誘致されれば、その土地に雇用ができる。過疎が回避される。経済が回る。

 我々は、そうした言説をもちろん目にした上でも—『祝の島』の時間に、

経済と生活とを見るべきだ。無知ということを、今なにから学ぶべきなのか。


 日本人は、まだ歩みの速度を考えることができる。

 この島を、いま見過ごしてはならない。 

 

 

                        木村文洋(映画監督『へばの』)

 

 

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   2008年より、監督作『へばの』を国内外で自主公開、上映。

  その後は同世代のインディペンデント映画の自主公開・製作に参加する。

  現在は次回作脚本執筆中。

 

  *映画『へばの』公式HP http://teamjudas.lomo.jp/

  *A Pluralistic Universe http://ameblo.jp/bunyokimura2009/

  *Twitter http://twitter.com/bunyo_k

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