2010年

2月

21日

第3回 「祝の島」座談会(報告をご覧頂けます)

ゲスト:内藤いづみさん(在宅ホスピス医)

 

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1月29日に第3回「祝の島座談会」を行いました。

ゲストに在宅ホスピス医の内藤いづみさんをお迎えし、

約80名ほどの方に来ていただきました。

「地域で最期を迎える」というテーマで 祝島のじいちゃんばあちゃんの愉快な暮らしぶり、

労働風景や、毎夜ご近所が集まるお茶会、

雨の中行われた田ノ浦での抗議行動などを

編集した約40分の映像をご覧頂いた後、 トークショー。

 

内藤先生はイギリスでホスピス医療を学ばれた後、

地元の甲府でクリニックを開かれ、 病院ではなく、

自宅で療養し 家族と共に普段の生活の延長で

最期のときを迎えるためのサポートをされています。

昨年夏、学会のために四国を訪れた帰りに 祝島に立ち寄り、

島の集落や棚田、 予定地の田ノ浦などを見て回られ、

祝島のじいちゃんばあちゃんの前で 講演もして下さいました。

 

祝島のじいちゃんばあちゃんたちの願いは 死ぬまで島で元気で暮らすこと。

ぼけたり、怪我をしたりして 島からでなくてはならなくなり、

子どもに迷惑をかけたくない。 なにより、居心地のいい場所で最期まで暮らしたい。

その願いは内藤先生のお仕事と共通するもので、

祝島の暮らしに出会って、 ホスピス医の視点から

どんな思いを持っておられるか、 お話して下さいました。

ちょっと長くなりますが。

 

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自宅で最期を迎えるためには 家族や周りの人の協力が不可欠で、

介護のプロや 医師の協力を得て それぞれが自覚を持って

協力しあえる関係性をつくることが大事であること。

祝島の場合には 島に暮らしていたいんだ、というじいちゃんばあちゃんの思いを

家族が理解して、 島を出て入院しなくても、

それと同じように苦しみを緩和でき、 看取ることができるシステムが作ることができたら。

祝島のような離島に限らず、 いまは大都会でも同じく

最期の時に家族や親しい人が関わることが少なくなっている。

近年、介護のシステムや補助が充実してきたことによって

家族がいなくても看取ることができるような流れができてしまい、

家族が蚊帳の外になってしまうことがあるけれど なんとか工夫して、

時間をつくって、 自分の縁あるいのちに触れてほしい。

それは恐怖でもめんどくさいことでもなく 自分がこの世に生を受けた事への

感謝の思いに還元されてゆき、いのちを感じることができる。

そのために、ひとりひとりができることは、

孤独にならない方法を探してほしい。

若いうちから家族だけでなく、 近所の人や友人との関係性を持って暮らしていること。

祝島ではそれはすばらしく成り立っている。

毎夜独り身のじいちゃんばあちゃんが集まってお茶を飲む習慣や

週一回の定例デモは、安否確認の意味もあるのではないか

とおっしゃっていました。

 

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それを受けて監督はなぶさは、

島では人と人とが暮らしている間に絶対的な安心感がある。

島の人にもいろいろいて、クセのある人もいるけれど、

それをお互いが分かって、認めあって暮らしている。

助け合わなければ厳しい環境の中で生きてこられなかった

という共同体としての結束力はすごく強いと思う。と。

けれど、若い世代がごっそりいなくなってしまっている今の祝島では、

「これからどうなるんだろう」という不安を

じいちゃんばあちゃんたちは常に持っている。

祝島での内藤先生の講演のとき、

「島として原発のことに一丸となって助け合ってきた。

土台はしっかりとできている。一番大切なものはここには既にあるから

かならずいい方向に乗り越えられるはずです」 とおっしゃった言葉に、

島の人たちがとてもよろこんでおられたことが印象深い。と。

 

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内藤先生の「看取り」の現場にも、 「祝の島」の映像にも、

共通していることは、 “笑い声が出る”ということ。

人間は「にもかかわらず笑う」生きものであることを感じる。

いのちは本来明るいもの、希望である。

という実感をそれぞれの場で感じている、

というお話が印象的でした。

 

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「いのちに触れる、ということを怖がらないでください。」

という内藤先生の言葉が心に残りました。

今まではどこにでもあったはずの人間関係が 持てなくなってきている現在、

祝島のような人と人の関わりの大切さについても、

映画を通じて考えて頂くきっかけになったらと思っています。

ご来場くださった皆様、ありがとうございました。