2010年

2月

21日

第4回「祝の島」座談会(報告をご覧頂けます)

2010年3月31日【原発が地域にもたらすもの】

ゲスト 中澤秀雄さん(中央大学法学部教授)

 

***

3月31日に、第四回「祝の島座談会」が行われました。
ゲストに中央大学法学部教授、中澤秀雄さんをお迎えし、
約60名ほどの方に来ていただきました。

今回は「原発が地域にもたらすもの」と題し、
原発に対する思い、
原発の話が持ち上がってからの島民の関係性の変化など、
祝島の人へインタビューを編集した映像を
約40分ご覧頂いたあとのトークショーでした。

中澤先生は、
新潟県巻町の原子力発電所計画に社会学の研究者として密着しておられた方。

そして座談会4回を通じて司会をしてくださった山秋真さんは、
ライターとして石川県珠洲市の原子力発電所計画に密着していた方です。

このお二方と、映画監督として同じよう原発予定地である祝島に密着した纐纈とのトークショーでした。
**

まず、中澤先生から今回の映像をみての感想がありました。

印象に残ったのは、
先祖とのつながりで生かされていると、島民が意識的に発すること。
彼らの中には時間のつながり、世代のつながりの意識が
はっきりとあるように見えた。
そして、原発という問題があり、抗議行動を続けながらも
彼らは彼らなりに楽しみを見つけながら
たとえそれが "括弧付きの楽しさ"であったとしても
それをエネルギーにして生きているように見えた、と
おっしゃっていました。

**
これを受けて纐纈は、

祝島の人たちは、つながりの中に生きているということを自覚していて、
意識してそれを言葉として発している。
しかし、本来であればこの意識はなかったかもしれない。
原発の話が上がって、一人一人が賛成なのか、反対なのかということを
常に突きつけられていた。
その中で、(反対派の人たちは)自分はこうだから反対だ、ということを
言語化する必要があったのではないか。

そして、中澤先生がおっしゃった"括弧付きの楽しさ"についても触れ、
本来、抗議運動などないに越した事はないが、
それすらも生き甲斐に変え、楽しみ変え、そして生きるエネルギーに変えるという
生き方が島にはあるように思う、と話していました。

***
ここで、
異なる地で、異なる立場で原発建設計画のある地域に関わってきた3者から
それぞれ感じた、地域に原発がやってきたことで何が一番問題だったかについて話していただきました。

**
中澤先生は、
いろんな形で地域の絆が分断されて行くのが問題だ。
そして、映像にもあったが、本当に小さな町の公民館のような議会に
突然、原発という大きな問題がやってくる。
そして町を分断統治するために、人々が分断させられて、対立させられる。
そういったことが問題だ、
とおしゃいました。

**
纐纈は、祝島での撮影を通して見た原発が地域にもたらしたものは
人の心に対して、そして人生に対しての傷や苦しみだ、と言います。

島の人達に「一番悔しい事は何か?」と尋ねると共通して答えるものがある。

それは、
島の人間が、上関町の人間が分断されたこと。つまり、人間関係が壊れてしまったこと。
そういった島に残った傷が最大の悲劇だと、纐纈は思っているとのことでした。

**
これを受けて、山秋さんは「やっぱり!」と思ったそうです。

自分も珠洲市における密着を通じて、
再三「何が問題なのか?」と自問を繰り返した。
そして、原発が地域にもたらすものは、人間破壊だ、と。
原発による放射能の問題、云々も間違いなく問題であるが、
それと同時に、人間破壊がある。
人の生活、心、絆、人間の尊厳。
そういったものが壊れてしまうことが問題である、と。
そしてそれらは簡単には救えない問題であるのだと、おっしゃいました。

**
そして最後に、纐纈は

祝島の人達がなぜ原発反対をしているのかといったら
それは誰かのためにやっているのではなく、
自分たちの愛する暮らしをしたいからしているのだ。

自分たちの暮らしにきちんと向き合って生きている祝島の人々を見ることによって、
この映画を観る人が、自分たちの生活と向き合うきっかけになれば、
と語りました。

**
異なる立場で異なる場所にいた3者が
同じように人間関係、絆が壊れていることを危惧していることが
印象的でした。
絆を結ぶのが人間であれば、壊してしまうのも人間。
纐纈が言うように
祝島の生活をみて、原発のあるなしに関わらず、
自分たちの暮らし、そして周りとの関係を今一度考えるきっかけになればと思います。

ご来場くださった方々、ありがとうございました。